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町名の由来

朔 日 町 裏町通にある職人町。
来迎寺を中心として栄えおもに鍛冶職人、百姓などが住んでいた。
三 日 町 表通りにある商人町。
当時八日町との間の辻は「札の辻」と呼ばれ、城下第一等の目貫通りであった。
六 日 町 大手筋に面する商人町で、
藩制時代初期から城下での魚の独占販売権が認められ「肴町(さかなまち)」とも呼ばれていた。
八 日 町 盛岡藩直轄時代に新井田城下の商家を移して作ったといわれる町人町。
交通の要所でもあり各所への街道の伝馬継立所となっていた。
十三日町 盛岡藩直轄時代に根城城下の商家を移して作ったといわれる町人町で、
時の藩内を代表する商人が店を構えていました。
十六日町 職人町で馬の売買や交換、荷駄の運送に携わった馬喰(ばくろう・博労)が多く来住したことから
「馬喰町」と呼ばれていた。
十八日町 八戸町築造時に、
西町屋徳右衛門と共に八戸に商人を移住させるのに功績のあった大阪屋吉衛門が店を構えていた町人町。
廿三日町 表町通にある町人町。
藩政中後期から十三日町などと共に城下の中心街としての地位をしめていた。
長 横 町 大手筋の防衛にあたる武家町。
藩の下級武士(給人)、番士の屋敷地。「長横町」という町名は町人町に対する横丁と考えられる。
番  町 藩政時代の八戸城下の代表的武家屋町。
武家町としての屋敷割が行われ、上級番士が数多く居住し、それが町名に由来している。
鷹匠小路
(ロー丁)
殿様が鷹狩りをする際に従事した鷹匠の人々が住んだ町。
ロー丁とも呼ばれるのはかつて牢屋が置かれていたため。
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