女性解放運動の永嶋暢子所縁の地
雑誌「女性芸術」などで婦人解放運動や労働運動、農民運動に尽力した永嶋 子は、現在の名川町で誕生しましたが、家業では八戸市二十三日町で酒造や新聞雑誌の取次や販売を営んでいました。後に同所は稲川福井酒造店に経営が移されましたが、成長期の 子にとって、最新の情報を得安い環境でした。また昭和9年の国民新聞に「日本の女闘士の検束数のレコードホルダー」と書かれるなど、婦人解放運動にかける情熱と信念の強さがうかがわれます。